愛とは「愛せる距離感」を探ること

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「理想の結婚ってなんだろう?」と悩む結婚6年目の友人が、

「これだ!っていう名言を見つけたの!」と言って教えてくれた言葉。

愛とは「愛せる距離感」を探ること

恋愛して結婚する時は、「結婚のゴールの達成感」や「好きの感情」で高揚し盲目になっているから、

これから始まるふたりの暮らし・生活の持続可能性を考えずに、

世間で理想的だと受け入れている「夫婦の距離感」をそのまま受け入れがちだ。

 

例えば、

  • 同じ家に暮らす
  • 同じベッドに寝る
  • 週末は一緒に過ごす
  • 同じ食事を食べる
  • 毎日今日の出来事をシェアする

この理想に共通する距離感は、「一緒」や「同じ」

 

もしかしたら、昔は今のように恋愛&自由結婚よりもお見合いや家同士の政略結婚が多かったから、

恋愛感情の芽生えてない二人をくっつけるために、夫婦の距離感とは「一緒」や「同じ」であるべきだとしたのかもしれない。

でも、現在、私の周りで婚姻関係の有無にかかわらず、男女関係が良好に保たれている二人の距離感は「一緒」や「同じ」とは大きくかけ離れている。

 

例えば、私。

私と相手の間には、婚姻関係はないが、子供がいる。

一緒に暮らしてないし、同じベッドに寝ることもない。

同じ食事も食べないし、今日の出来事をシェアもしない。

詮索もしないし、束縛もしない。

あるのは、過去に築かれた信用と、未来への信頼だけ。

その距離感が二人の関係にトキメキを保つことに役立っている。

私は生活の安心より、トキメキ・ドキドキ・キラキラを大切に生きたい。

相手はとにかく全てを仕事に賭けたい。戦い続けたい。孤高から生み出されるアイデアとパワーを極限まで研ぎ澄ませて生きたい。

その二人の価値観に、「一緒」や「同じ」必要ない。

 

例えば、私の友人。

離婚した後も共同親権という形で、近所に住み、子供達は両親の家を行き来しながら、別れた元夫と一緒に子育てをしている。

彼女は言う。

「結婚してい時よりも遥かに良好。

子育てに関して期待したり、依存し合うことなく、それぞれの責任が明確になった。

彼の父親としても成長には目を見張るものがある。

以前だったら、私に任せっきりだった料理も保育園の準備も学校行事も、結婚していた時よりも遥かに主体的に責任を持って関わってくれている。

本当はそれができる人だったのに、結婚している時は、私が良い妻、良いママでいるために必死だったことで、彼からその機会を奪っていのかもしれない。」

 

子供がいる夫婦の離婚では、完全に縁を切り他人として生きることは難しい。

何らかの形でコミュニケーションをとり続ける必要がある。

ヒステリックに離婚して、子供に会わせないことでペナルティを課す方法もあるが、

時間をかけて二人の男女の愛情やパートナーとしての関係を整理して、

何が本当に子供のためになるのか、何が自分と相手のこれからの人生のために良いのかを考えた結果

生み出された子供の親としての適切な距離感。

 

もう一人の例は、結婚継続中の友人。

同じ家にいても、なるべくお互いがひとりの時間を持てるように工夫をしている。

 

「朝は彼の時間。だから、自分は7時半ごろまで、目が覚めても布団の中にいるようにしている。

夜の時間は自分の時間。彼は早起きだから8時半には眠くなるからちょうどいい。

あと、最近気付いたのは、会話をする時に座る場所。

向き合って話すより、お互い外を眺めながら、隣り合わせで座って話す方がしっくりくる。

だから、話すときは、椅子を窓に向けて並べて配置するの。」

と言う。

彼女の気づきを聞いて、星の王子さまの作者サン・テグジュペリの言葉を思い出した。

「愛はお互いを見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見つめることである。」

 

 

結婚したら、自動的に幸せになれるは幻想。

自動的にはあり得ないのだ。

物理的&精神的な距離感を細くチューニングしながら、

二人にとってのちょうどいい距離感を探る。

一般的に信じられている愛し合う二人の距離感–「同じ」や「一緒」–から自由になった人から、

ちょうどいい距離をみつけている。

 

愛とは、「愛せる距離感」を探ること。

 

それでは、会うたびに美しく!


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