ジャスティン・ビーバーのLIVEから考えた「淡々力」

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justin

週末はJustin Bieberのライブに行ってきました。

そこで感じたのは、Justinにとっては毎回同じライブでも、お客さんは毎回違う。ということ。

後で調べて分かったんですが、JustinはこのTourを9ヶ月の間に114公演する予定。

そりゃ、もう新鮮味もなくなるのは当たり前かも〜と思いました。

プロは「淡々力」との戦い

これは、私たちのお仕事にも言えること。

お客様というひとつの塊ではなく、ひとりひとり考え方も価値観も違うひとりの人として、目の前のお客様を大切に思いやりを持って、どこまで毎回楽しみや面白みを持って接することができるか?

変わりのない毎日の仕事の中に変化をみつけること、楽しみを見出すこと、面白いと感じる柔らかい心を持ち続けること。

目の前のことに淡々と向き合い、仕事ができること、お客様がいてくれることに感謝の心を持ち続けられること。

前回のブログ「恋も仕事も淡々と愛せるか?神様はそこをみている」でも書きましたが、

私が最近最も大事だと思っている力が「淡々力」です。

恋愛も「淡々力」との戦い

やれ、彼氏からの連絡が遅いとか、

やれ、飲んで遅く帰ってきて思いやりに欠けてるとか、

いちいち相手の言動に心を振り回され、その度に、もう別れようかなと揺れ動くのではなく、淡々と人を愛すること。

それは、決めるということです。「覚悟」するということです。

「この人を愛する」と覚悟することで、淡々力が身につきます。

昔は、一度お嫁に行ったら離婚することも、簡単に実家に戻ることも許されませんでした。

結婚することは「覚悟」を必要としたのです。

だからこそ、女性の中に備わっている、「忍耐力」や「信念を貫く力」や「相手を信じ愛する力」が発揮されました。

現代の女性は自由を手に入れたと同時に、人を愛する覚悟が薄れ、少しでもイヤなことがあったら次の彼氏をみつけるという感じで、この「淡々力」を失いつつあると思います。

私の若い時は、淡々力なんて全く無くて、「何かをしてもらって当たり前」だと思っていたし、少しでも彼がしてくれることが減ったり、彼の幼稚な部分が目立つようになると、すぐに心が揺れ動いていました。

でも、こういう風に付き合う相手を変えても、不思議なことにぶつかる壁や問題はいつも同じ。

それを何回か繰り返していくうちに、ハッキリとわかりました。

相手に問題があるのではなく、私が問題から逃げているということ。

人生で学ぶべき課題は決まっていて、今ある課題をクリアしない限り、場所や人を変えても同じ問題が付きまとってくるものなのです。

覚悟をして、淡々と向き合う。

仕事も恋愛も、そうすると自然に自分がレベルアップしていきます。

人の心の機微を感じ取る心が育まれ、物事の本質が見えてくるようになります。

同じ世界でも、違う世界が見えてくる。

淡々力は視野をも広く高くしてくれます。

そして、同じ日々が繰り返されるなかに、人生のおもしろさや、幸せや、贅沢感を見いだせるようになるのです。

下記、私の大好きな考え方「淡味」をご紹介します。
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新しい茶葉に六十度のお湯を注ぎ、一杯目のお茶を出す。このお茶は甘い。

同じ茶葉で甘みが出た後の二杯目を、七十度ぐらいのお湯を注ぐと今度は渋みが出る。

さらに、十度高い八十度のお湯で三杯目を出すと、今度は苦みが出る。

さらに、九十度以上の熱いお湯で四杯目を出すと、もう甘みもなく、渋みもなく、苦みもない、色だけのお茶が出る。

これが出がらし。

四杯目のお茶以降はもう出がらしで、かすかに色が付いているだけ。

千利休は、この四杯目以降のお茶、甘みもなく、渋みもなく、苦みもない、かすかに色がついているだけの茶の味を、

「淡味(たんみ)」と呼びました。

「淡々と」の「淡」です。淡々とは、〝水が静かに揺れ動く〟という意味で、静かに安定している状態です。

この淡味は、甘さも、渋さも、苦みもなくなって、ただのお湯、白湯(さゆ)に近い状態です。

利休は、「この淡味のよさがわからない限り、お茶は永久に理解ができない」と言っています。

じつはこの出がらしのお茶のおいしさとは「感謝」です。

茶道は、お茶をいかにおいしく淹れるか、いかにおいしく味わうかの道ですが、それを甘い、渋いと言っている間は、まだ本質がわからない。

四杯目以降の出がらしで、淡味のお茶をいかに味わえるか、それをどう喜びとすることができるか、つまり感謝することができるか。

そこで、本当のおもしろさがわかる。

~省略~

お茶をたしなむ上で、器が良いとか、作法がどうとか、茶葉がどうとか、おいしいとかまずいなどと言っているうちは、まだまだなのだと利休は言いたかった。

お茶の道を求めていくと、その究極は、出がらしです。出がらしがわかるようになったら、べつに茶道をやらなくてもいい。

これを人生に置きかえていえば、朝起きて、仕事をして、帰ってきて、夕食を食べて、テレビを見て、寝て、また翌朝が来て、また仕事をして、また夕食を食べて・・・・

とそういう日々が繰り返されるなかに、人生のおもしろさや、幸せや、贅沢感というのがある。

人生を、やれ楽しいの愉快のとはしゃいで、

「どこそこに行ったからおもしろかった」

「あそこに行ったらステキだった」などと言っている限り、本当の人生はわからない。

淡味がわからない限り、人生は永久にわからない、ということです。

「人生の本質は、淡味にあり」

ー「淡々と生きる」小林正観著より

それでは、会うたびに美しく!

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